HOME  page1  p2  p3  p4  p5  p6  p7  p8  p9  p10  p11  p12  p13  p14  p15  p16  p17  page18


阿里山からバスで嘉義へ

阿里山森林鉄路本線の山上側、神木と阿里山間の区間運転。神木発の最終列車には、乗客に加えてこの日の営業を終えた駅のスタッフも全員が乗り込み、阿里山に向かう。

▲ 阿里山に到着した神木からの最終列車からスタッフも下車

霧に包まれた阿里山駅。夕刻の気温は11度。翌朝のご来光に合わせて祝山に向かう列車の切符も販売しているが、朝はもっと冷え込むのかも。

▲ 阿里山駅

台鉄嘉義駅行きの最終バスに乗るため、阿里山駅から坂道を下って、バスターミナルの阿里山轉運站へ。当日のバスの切符はバスターミナルのセブンイレブンで買えるが、店内でバスを待つ乗客が並ぶのは、事前に前売り券を買って座席指定を受けた人と、当日ここで買った人の2本の列。

前売り券の乗客を先に乗せ、当日券の客はそのあとに。このあとにもう1本、高鉄嘉義行きの最終便があるとはいえ、この便を逃せば台鉄嘉義駅へは到達できない。通路までぎっしり詰め込んで発車したが、カーブが連続する山道を立ったまま長時間は辛い。台北到着日にファミマで前売り券を確保しておいてよかった。

▲ バスターミナルにあるセブンイレブンの店内で並ぶ

途中で下車する乗客もいたが、最後まで立ち客がなくなることはなく2時間半。車内で翌日の松山−羽田便に搭乗24時間前になったので、ウエブチェックインを済ませていると、バスは嘉義駅前に到着。嘉義市内で、前日に立ち寄った夜市の近くを通れば下車しようと思っていたが、終点まで来てしまった。

▲ 火雛肉飯の店

もうこれから、夜市まで出かける気力はないので、駅前の嘉義名物、火雛肉飯の店へ。翌朝、店の看板をよく見たら、D5168が描かれていた。日本統治時代に台湾に導入されたD51は標準型のみ。ナメクジ型はいないので、日本の写真かなと思って調べてみると、D5168は北海道の追分機関区に所属し、室蘭本線で1971年の蒸気機関車終焉まで活躍したうちの1両らしい。

▲ 看板にD5168が描かれていた

指さしで注文した火雛肉飯の晩御飯。缶ビールは事前にコンビニで買って持ち込み。

▲ 晩御飯 缶ビールは持ち込み


普悠瑪号で台中へ

台湾6日目は、嘉義から朝の普悠瑪号で台中へ。嘉義駅の阿里山森林鉄道の窓口には今朝も乗客が並んでいる。

▲ 嘉義駅舎

駅前の阿里山行きのバス停には、もっと長い行列が。

▲ 駅前の阿里山公路のバス

駅構内の嘉義駅高架化の完成予想図。日本統治時代からの歴史のある駅舎は残すようだ

▲ 嘉義駅高架化完成予想図

駅裏の工事現場。ここに高架のホームができると、地平の車庫や留置線はなくなるのか。

▲ 高架工事の現場

空気バネによる車体傾斜式電車の普悠瑪号が入線。この列車は台中まで、途中ノンストップで所要時間1時間を切る速達便。台鉄嘉義からBRTで高鉄嘉義へ、高鉄の台中から新烏日で台鉄に乗り換えて台中に向かうより、速くて安く便利な列車。切符は2日前に確保していたが、8両編成で定員が少なく満席。

▲ 普悠瑪号が入線

普悠瑪号の座席には枕も付き、新しい新自強号より座り心地は良好。

▲ 座席は新自強号より良好

新自強号にはないフットレストも装備している。

▲ 座席の背面にフットレスト

彰化を通過すると、車窓に米国GE製の電気機関車や電気式ディーゼル機関車。永年活躍してきたが、東芝製の電気機関車やスイスのシュタッドラー製のディーゼル機関車への置き換えが迫っている。

▲ 彰化駅の電気機関車やディーゼル機関車

彰化機務段の扇形庫がチラッと見える。手前には762mmゲージ時代の台東線のディーゼルカーの付随車を改軌した、小型の客車が留置。

▲ 扇形庫と狭軌時代の台東線の付随車

高鉄台中駅に接続する新烏日を通過すると、隣にシェルターで囲われた、台中MRTの新しい高架線が並走する。

▲ 台中MRTの高架線

普悠瑪号は定刻で高架駅ホームになった台中に到着。ここで下車。

▲ 台中に到着

ホームのベンチにまで優先席がある。台湾では、一般的には“博愛座”が使われているが、イラストも含め日本とよく似た表示。

▲ ホームのベンチにも優先席

街歩きに大きな荷物が邪魔になるので、台鉄の一時預かりの“行李房”へ持ち込み。駅の台北側の高架下にあった。

▲ 行李房(荷物の一時預かり)

 

台中駅鉄道文化園区

身軽になって、駅が高架化されるまでに使われていた旧台中駅へ。5年前に来た時は閉鎖されていたが、“台中駅鉄道文化園区”として整備されている。

▲ 地平線時代のホームが残る

地平時代のホームの一部が残され、線路に降りられるようになっている。ベンチの材料は枕木か。

▲ 枕木のベンチ

ホームに停車しているのは、自強号が登場する前の1960年代に、西部幹線の優等列車“光華号”で活躍した東急車輌製、ステンレス車体のDR2700型ディーゼルカー。当時の日本の国鉄DMH17系では性能不足なのか、エンジンはカミンズ性を搭載していたのだとか。

▲ もと光華号のDMU2700型

引退前は台東線の普快車で運用。こちら側の正面は黄色の塗装を剥がしたオリジナルのステンレスの地肌だが、何だか外板がベコベコに。

▲ 警戒色をはがしたオリジナルの面

正面の窓から覗いた狭い片隅運転席。側面にブレーカーが並んでいる。

▲ 正面窓から覗いた運転席

車内にあった回転式クロスシートは撤去して、カフェのカウンターとテーブルが設置されているが営業していない。

▲ 車内はカフェになっている

この日は日曜日。週末には、ホーム上に各種の売店が並び、賑わっっている。

▲ ホームの売店

その先には英国婆の愛称のある、英国製の初代自強号。登場時はこんな塗色だったのか。先頭車のパンタグラフが無くなっているのが残念なところ。

▲ EMU100型英国婆

車内の回転式リクライニングシートは撤去して、いろんな椅子とテーブルが並んでいる。カウンターもあり、壁にはメニューも貼ってあるが、こちらもカフェの営業はしていない。

▲ 車内はカフェ?

濃紺に白帯、普快車色のR111型電気式ディーゼル機関車。

▲ R111型ディーゼル機関車

線路に降りて、みんなで記念写真。

▲ みんなで記念写真