HOME  page1  p2  p3  p4  p5  p6  p7  p8  p9  p10  p11  p12  p13  p14  p15  page16


高雄市立歴史博物館の鉄道関連の展示

高雄の発展に寄与した鉄道関連の展示は、貨車の車体を模したコーナーにある。繁体中国語に加えて、日本語と英語の解説もあり解りやすい。

▲ 車両をイメージした鉄道と高雄の展示

モニターはタッチパネルで、日本語に切り替えもできる。縦貫線の旧高雄駅、後の高雄港駅ができる哈瑪星(はません)地域の埋め立て前。

▲ 埋め立て前の哈瑪星(はません)地域

港湾地区の、前鎮漁港の様子。

▲ 前鎮漁港

高雄の鉄道の始まり。日清戦争後の1895年に日本が台湾を領有してから10年足らずで台湾縦貫鉄道を開通させ、高雄に鉄道が到達した。その後の発展の経緯も順を追って詳しく解説しているが、ここでは省略。

▲ 高雄の鉄道の始まり

蒸気機関車から電気機関車、各種貨車から近年のLRTまで、鉄道車両の模型を展示。

▲ 蒸気機関車からLRTまで列車の進化

左上が、1893年英国ピーコック社製の1号機関車で縮尺1/24。右上はナローゲージの台湾製糖鉄路の1948年ベルギー製、サトウキビ運搬用の貨車を牽いている機関車353号。縮尺が1/16.8のため、縦貫線の1号機関車と比べると大きさがアンバランス。

▲ 南部線1号機関車と製糖鉄道の機関車

台北の博物館にもあった、1938年の鉄道やバスの路線図。東海岸にナローゲージの台東線が孤立している。

▲ 1938年の鉄道やバスの路線図

第二次世界大戦中は、高雄も空襲を受けた。この段階では、中華民国は敵国である。

▲ 空襲を受けた高雄港

この時代のホーロー看板の広告か。モノクロなので、レプリカと思われる。

▲ ホーロー看板

廊下に出て展示室を移動。旧高雄市庁舎の建物自体が文化財。

▲ 廊下

 

高雄市立歴史博物企画展示

期間限定で“海を渡る獅子舞”として、台湾と日本の獅子舞の企画展を開催していた。

▲ 台湾と日本の獅子舞

右が日本、左が台湾。そういえば、この黄色い獅子は日本でも、春節の中華街で見かけたことがあるような。

▲ 台湾と日本の獅子舞

日本の獅子舞の半纏には氷見の文字。富山県かな。

▲ 氷見の獅子舞らしい

日本の獅子舞を構成する、獅子や道化師(ひょっとこ)、天狗などを紹介している。

▲ 日本の獅子舞

魔除け、厄除けの台湾の獅子。

▲ 台湾の獅子

中国本土とのつながりか、表情の異なる客家の獅子。

▲ 客家の獅子舞


西部幹線で高雄から嘉義へ

高雄駅前のホテルに戻り、預けていた荷物をピックアップして嘉義に向かいます。数年前に路線を地下化して、改札口も地下に新設された高雄駅。台湾の鉄道の大きな駅では、昔の日本の国鉄の駅のように入場と出場の改札の場所が厳格に分かれていたが、新しい高雄駅ではJRと同様に同じ場所に入場と出場の自動改札機が並んでいる。後付けの読み取り機が目立つ。

▲ 入場と出場が同じ場所にある高雄駅の自動改札

乗車する自強号は、韓国製のステンレス客車を、前後の南アフリカ製のE1000型電気機関車で挟む編成。

▲ 自強号が入線

車内のリクライニングシートにはフットレストも付き、シートピッチも新しい日本製の太魯閣号や普悠瑪号、自強3000よりゆったりとしている。

▲ 自強号の車内

莒光号の客車もそうだが、座席にテーブルがないので駅で買って持ち込んだ駅弁を食べるのに不便。窓側に2個のドリンクホルダーがあるが、通路側に座ると使いづらく、ビールを飲みながら弁当を食べようとすると手が2本では足りない。

▲ テーブルが無く弁当が食べづらい

自強号は1時間15分程で嘉義に到着。先頭の機関車まで写真を撮りに行く。この南ア製の機関車は、東芝が輸出した新型電気機関車への置き換えが計画されていて、今回が乗り納めになるかも。

▲ 嘉義に到着

機関車の次位、12号車に親子車廂を連結していた。車内は見ていないが、子供の遊び場なども設けた小さい子供連れも気兼ねなく乗車できる車両らしい。もとは韓国製の編成の中間に組み込んだ、台湾製のビュッフェ車。営業していた期間は短かったようで、私は利用したことがない。その後は車内の設備を撤去し、連結位置を一番端の機関車の次位に移して、荷物車や自転車置き場として運用してきたが、新幹線や高速バスにない設備として、一部の編成で親子車廂に改装したらしい。ラッピングのクマのキャラクターの名前が“TERU”と“HANA”だけど、日本語?

▲ 機関車の次位は親子車廂

嘉義を発車していく自強号。その左上には工事中の高架線。

▲ 嘉義を発車して行く自強号

赤と黄色の業務用らしき車両が停まる留置線と、本線の間にあった線路が撤去されている。

▲ 空き地の向こうに業務用車両

EMU800型区間車の停車するホームの右側では、駅の高架工事が進行中。

▲ ホームの隣は高架工事の用地になっている

EMU700型の区間車。愛称は“スネ夫”。

▲ EMU700型区間車

高架工事のあとも、日本統治時代に建てられた嘉義駅舎は残るらしい。

▲ 日本統治時代の嘉義駅舎


嘉義駅から嘉義公園へ

嘉義駅近くのホテルにチェックイン後、市の東部にある嘉義公園に行ってみることに。駅舎内の観光案内所で教えてもらった駅前のバス乗り場にやってきたのは前、中、後の3扉のEVバス。もと国鉄バスの国光客運と、嘉義市政府が共同で開発したバスだとか。今時珍しいまん丸のヘッドライト。

▲ 嘉義のEVバス

インホイールモータを採用しているのか、座席の部分を除き後部のドアまで床はフラット。運転席の後ろのタイヤハウスの上は大型携帯品置き場で、この部分の壁面にはスマホの充電用USBポートを設置。

▲ EVバスの車内

駅からバスで嘉義のメインストリート、中山路を10分ほどで、面積27ヘクタールの広大な嘉義公園に到着。入り口近くから見ていくことに。

▲ 嘉義公園の入口

入口から正面に中華民国の国父、孫文の像。

▲ 孫文

その近くには、何故ここにいるのかよくわからないが、小便小僧のジュリアン君も。

▲ こんなところにジュリアン君

嘉義明治丙午烈震賑災紀念碑は、日清戦争後に日本の台湾支配がはじまった翌年の1906年に、台湾の嘉義地域で発生した大規模な地震の記録と、その後の復興を記念して建立されたもの。

▲ 嘉義明治丙午烈震賑災紀念碑

大砲が4箇所に3門ずつ、計12門が並んでいる。清国の時代のものらしい。

▲ 大砲が並ぶ