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沼平駅は、1914年に阿里山森林鉄道が全通したときには終点だった旧阿里山駅。1981年に、途中のスイッチバックの信号場があった場所に、阿里山駅が移転して開業したあと、沼平駅となった。今では阿里山駅近くに宿泊施設が集まった旅社区ができているが、沼平駅の周辺には老舗の阿里山賓館をはじめ主要なホテルがあり、阿里山の中心だったところ。

▲ 霧に包まれた沼平駅舎
ここも36年ぶりの再訪だが、駅舎は2013年に建て替えられている。1階部分に商店が入る桜花老街が賑わっている。2階は展示室になっているそうで、後で戻ってこようと思っていたが時間が無くなってしまい、見学できず。

▲ 駅舎の1階に桜花老街
駅舎を出て踏切を渡り、ヤードの広がる裏側から見た沼平駅。36年前の沼平駅の構内には、シェイ型蒸気機関車や木造客車などを保存展示する“古老火車頭及車廂露天展示場”や、古い客車を改造したSLホテル“阿里山火車廂旅館”があった。ここに置かれていた車両は、嘉義の阿里山森林鉄路車庫園区に移動したか、もしくは廃棄されたようだ。

▲ 霧の沼平駅
ディーゼル機関車を先頭に、折り返しの阿里山行きが発車し、

▲ 阿里山行きが発車して行く
濃い霧の中に消えていく。機関車の足回りを見ると、阿里山号の牽引機には見られない、ロッド式のボギー台車を履いている。

▲ 霧の中に消えていく列車
シェイ24号機のシリンダは右側のみ。駆動系の無い左側はすっきりとしている。

▲ シェイ24号機
道路の向こう側にある引き込み線。36年前に阿里山火車廂旅館が置かれていたと思われる場所にには、1面2線の頭端式ホームがある。1950年代のディーゼル機関車、廃車済みの14403−3号機に加え、3両と2両の阿里山号の客車が留置されている。嘉義の阿里山森林鉄路車庫園区に保存されている14403−1号機と2号機はC型のロッド式だったが、14403−3号機は2軸のロッド式ボギー台車が2台のD型機。

▲ 新三菱重工製のディーゼル機関車
阿里山号の客車は塗装の劣化が進行しており、廃車かもしれない。

▲ 阿里山号の客車
沼平駅近傍の阿里山駅側の広場から、木製の天空歩道が延び、

▲ 天空歩道
祝山駅方面に向かう道路へショートカットする階段の、祝山観日歩道の入口がある。

▲ 祝山観日歩道
阿里山駅で折り返して、再び沼平行きの列車が登ってきた。この付近は、春にはソメイヨシノが咲き、桜花鉄道と呼ばれるところ。列車の左側には、別の線路がある。

▲ 沼平行きが登って来た
推進運転の列車はこの先、沼平駅の構内に入っていくが、下の写真で機関車の右側に延びる線路が、上の写真の左側の線路に続いている。

▲ 沼平駅に到着する列車
右が列車が運行されている、阿里山方面に下っていく線路。左は沼平駅で分岐して、山に分け入っていく水山線。1999年の台湾中部大地震で被災してから、復旧を試みたものの未だに運休中で、ハイキングコースになっている眠月線に代わる観光路線として、かつて運材列車が行き交った森林鉄道の支線の一部を整備したもの。ネット上には、シェイ31号機が水山線に入線したときの写真があるが、何故か営業運転が行われることはなかったようだ。

▲ 左が水山線
車の通る道路と水山線が交差する踏切から水山歩道が始まる部分に、“水山巨木1,300m”の標識が立つ。この先は樹齢1000年の檜の森。線路伝いに旅に出る、スタンド・バイ・ミーの世界。

▲ 水山巨木1,300mの案内が立つ
水山線は急こう配の無い平坦な路線。森の中を先に進むと列車交換が可能な箇所があり、ステンレスのタンクを積んだフラットカーの編成が留置されている。

▲ タンクを積んだ貨車
森林鐵路護欄與護軌は、脱線防止のためにカーブの内側の線路に沿わせて敷設したガードレールと、脱線した時に下を流れる川への転落を防止する石積みの擁壁のことらしい。

▲ 森林鐵路護欄與護軌
看板によると、木々の間から原住民の崇める聖なる山、塔山の見えるビューポイントらしいが、全てが霧の中。

▲ 景勝地点らしいが山は見えず
起点から1kmのキロポスト。紅檜と柳杉の人工林が続く。

▲ 一公里
霧の中から浮かび上がる観光客の影。

▲ 霧の中から人が現れる
樹齢1200年の紅檜の樹洞巨木。樹洞とは、樹皮がはがれ木の内部が腐るなどして隙間ができ、開いた洞窟状の空間ことなのだとか。

▲ 樹洞巨木
木製のプラットホームが現れた。ガイドブックでは水山駅と称していて、阿里山駅にあった路線図では香雪山駅となっているが、駅名標はない。

▲ 香雪山駅(水山駅)
その先に1.6kmのキロポストがあり、カーブした木製のトラス橋、“仿古木桟橋”が架かっている。

▲ 木製トラス橋
橋を渡った先で線路は草の中に消えていき、ここが水山線の復活はここまでらしい。右側から階段が始まり、上へと続いている。

▲ 水山線の終点
階段を登り詰めるとベンチを併設したウッドデッキがあり、周辺の木々とはスケールの違う、水山巨木がそびえ立っている。

▲ 水山巨木
案内板によると、日本統治時代に阿里山森林鉄道の支線沿いに、高さ30m、幹の周囲16mの檜の巨木が見つかり、水山巨木と名付けたのだとか。樹齢2700年というガイドブックもあるが、現地の案内看板は1080年前後と推定し、幹に平行して何本もの溝が見られることから、この巨木は10本の檜が合体して構成したものとしている。

▲ 水山巨木の案内看板
別の角度から水山巨木を見上げる。

▲ 水山巨木
切符を購入済の、阿里山発嘉義駅行きの最終バスに乗るには、神木駅から阿里山行き、16:30発の最終列車(2026年4月段階では時刻が繰り上がっている)に乗らねばならない。時間が押してきたので、水山線の線路を沼平方面へ、急いで戻ることに。
沼平駅近くの行き止まりの分岐線に、保線用なのかエンジン駆動のトロッコが停車していた。水山線も、ごく一部は今も使われている。

▲ エンジン付きトロッコが停まっていた
沼平駅の近く、祝山線と水山線の踏切まで戻ってきた。標高2274mから2138mの神木駅へ、全長1.5km程度の遊歩道で、標高差136mを下る。
沼平公園内に13人の詩人が阿里山を謳った詩碑が立つ。

▲ 阿里山詩路
霧の中から、36年前に泊まった阿里山賓館が現れた。御来光を見に行く祝山線の列車に乗る前に、標高が高くて空気が澄んでいて明かりがない中、この前庭で見上げた満天の星空と流星の記憶が蘇る。

▲ 阿里山賓館
霧でよく見えないが、今は新館もできて規模も拡大しているようだ。

▲ 新館ができている
染井吉野桜の桜王。日本統治時代に植えられた樹齢100年。阿里山のソメイヨシノ開花状況を示す標本木。周辺には、台湾原産の緋寒桜なども含め3000本の桜の木があり、3月中旬から下旬に満開を迎えるのだとか。

▲ 染井吉野桜−桜王
遊歩道に架かる舟之橋。

▲ 舟之橋
紅檜の三代木。初代が枯れた後の株に二代目が芽生え、二代目が枯れた後に今は三代目が育っている。

▲ 三代木
標高2195m、台湾で最も高いところにある小学校は、香林国民小学。

▲ 国民小学校
樹霊塔は、日本統治時代に伐採した樹木の霊を慰めるために建てられた。この近くに樹齢2300年の香林神木や阿里山博物館があるはずだが、神木駅発の最終列車の時刻が迫り、焦っていたのでパスしてしまった。

▲ 樹霊塔
速足で長い階段を降りて、やっと神木駅に到着。傍らには巨木が横たわっている。これが樹齢3000年を超え、高さ50m、幹周り25m、アジア一の巨木と言われた初代の神木で、香港が中国に返還された1997年7月1日の嵐で倒れたのだとか。一国二制度の将来、自由都市香港の今の惨状を予言していたのかもしれない。

▲ 倒れた神木
霧に包まれた神木駅では、阿里山行きの最終列車が発車を待っていた。

▲ 神木駅の最終列車
※ 次回は阿里山から嘉義に戻り、台中に向かいます。