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ブルゴスからゲルニカへ

スペイン2日目はゲルニカへ。ブルゴスには前日の夕刻に着き、大聖堂を外から見ただけなのに、翌朝はもう次の街へ。駆け足パックツアーだから仕方がないけど。

 ▲ ホテル前からこのバスで

2時間余りで到着したゲルニカ駅に隣接するバスターミナルで、ツアーバスから下車。スペインの北部海岸に沿って東西に、ビルバオからゲルニカ、サン・セバスティアンを経て、フランス国境を越えてすぐのアンダイエまで運行するメーターゲージの狭軌線、バスク鉄道の中間駅。

▲ 駅に隣接するゲルニカバスターミナル

バスク鉄道は、バスク自治州の公営鉄道。スペイン語のバスク(Basque)はバスク語ではエウスコ(Eusko)のため、Eusko Tren と表示。

▲ ゲルニカ駅を発車するエウスコトレンの電車

ゲルニカ駅を発車していく電車は、エウスコトレンに最近導入された900系の950型。3扉車のMc+T+Mcの3両編成で、正面に小さく地元バスク州の鉄道車両メーカー CAF 社の赤いマーク。

▲ 電車はCAF製

ゲルニカは、ピカソがスペイン内戦の悲劇を描いた絵画“ゲルニカ”で世界に知られる街。ゲルニカ駅から1ブロック先の公園へ。

▲ ゲルニカ旧市街に開けた公園

公園の一角ににマーキュリーの噴水。

▲ マーキュリーの噴水

噴水の横に並べられた大きな写真のパネル。

▲ 写真のパネル

1937年にスペインの内戦に介入した、ナチスドイツやイタリアによる無差別爆撃で破壊されたゲルニカの写真展と思われる。

▲ 空爆で破壊されたゲルニカ

公園の前に建つ公立学校。この日は日曜日で、見かけた子供は2人だけ。

▲ 公立学校

学校の横の坂道を登った先、外壁に紋章のある建物はバスク美術館

▲ バスク美術館

 

バスク議事堂

美術館の隣がバスク議事堂の門。ゲルニカは、固有の言語と民族アイデンティティを持ち、スペインから独立を目指すバスク自治州の自治に関する重要な街。ビスカヤ県議会が開かれるのが、1937年の空襲の被害を免れたバスク議事堂。

バスク議事堂の入口

古くからバスク議事堂の庭にある"ゲルニカの木"と呼ばれる樫の木の下で議会が開かれ、今は4代目の木に植え替わっているが、枯れた2代目の木も大切に保存され、バスクの自治・独立の象徴なのだとか。

▲ 保存されているゲルニカの木

この写真の右端に写っているのが4代目のゲルニカの木。背後は、議事堂に隣接するサンタ・クララ修道院。

▲ 右側の葉が今のゲルニカの木

 それでは、バスク議事堂の中へ。

▲ バスク議事堂

議事堂の内部は、周囲に掲げられた歴代有力者の肖像画を背に、議員席が並んでいる。

▲ 議事堂の内部

誕生から吊り下がるシャンデリア。

▲ 議事堂の天井

背後にゲルニカの木を描いた紋章のかかるのは、議長席でしょうか。

▲ 議長席でしょうか

部屋の天井に、ゲルニカの木を描いたステンドグラス。その周囲には、ビスカヤ県の代表的な建造物の絵。

▲ ゲルニカの木のステンドグラス

こちらは議会の資料室でしょうか。

▲ 図書室かな

 

ゲルニカ旧市街

議事堂の近くには、ナチスドイツの無差別爆撃を潜り抜けた聖母マリア教会。

▲ 聖母マリア教会

その先の住宅街のの一角にある小さな広場。

▲ ゲルニカの住宅街の一角

石垣の壁面に、ピカソがスペイン内戦の悲劇を描いた“ゲルニカ”のレプリカ。実物は、マドリードのアトーチャ駅前にあるソフィア王妃芸術センターで見たが、これはタイルに焼いた原寸大のものらしい。

▲ ピカソのゲルニカのレプリカ

近くのフォル広場に建つ、時計台のあるゲルニカ市庁舎。

▲ ゲルニカ市庁舎

広場に面して、その向かいにはゲルニカ歴史博物館。

ゲルニカ歴史博物館

博物館に掲げられている、守礼の門を背景にした Okinawa の絵。博物館を見学したかったが、残念ながら時間がありません。

▲ 沖縄守礼の門の絵