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旅の車窓から

イタリア ミラノ・フィレンツェ・ローマ・ナポリ編

1994年の春、初ヨーロッパはイタリアに行きました。南ヨーロッパの明るい太陽、古代ローマ帝国からの歴史、ルネッサンスが花開いた芸術の都、おいしい料理やワイン、最先端のファッション、鉄道ファンには高速で走る快適な列車や、ミラノ・ローマ・ナポリなどで活躍する市電など、その魅力はつきることがありません。


初めてのヨーロッパ

1994年の春にパッケージツアーを使って、イタリアへ家族旅行に行きました。私にとって、イタリアがヨーロッパデビューです。

イタリアは、国土の半分以上が地中海につきでた長靴形のイタリア半島で占められ、サルデーニャ島、シチリア島から構成されています。大陸部ではフランス、スイス、オーストリア、スロベニアと国境を接し、半島部にはサンマリノとバチカン市国という2つの独立国があります。

国土の面積は日本の約80%の30万1302平方キロ、人口は約5700万人で日本の半分弱、最大の都市は人口270万人の首都ローマです。

成田からアリタリア航空の直行便でミラノへ、観光バスでベローナを経てベネツィア、フィレンツェ、シエナ、アッシジとたどりローマに至る北部イタリア巡りの典型的なコースです。

その後、2003年の夏に再びミラノからフィレンツェ、ローマを訪れました。ITALIAN ES Star が運行をはじめ、在来車の塗色が変更になったのと、ミラノやローマの市電に低床車が導入されたことを除けば、この10年間、街並みも陽気なイタリア人も何も変わっていないとの印象です。

まずは、1994年のイタリアにご案内します。

※ 8ページの末尾にそれぞれリンク先を設けました。詳しく知りたい方はご利用ください。

 


地下鉄でミラノ中央駅へ

成田から乗ったアリタリア航空のイタリア直行便は、アルプスを越えロンバルディア平原が広がったと思うと、すぐにミラノマルペンサ空港に着陸します。ミラノはイタリア北部にあり、商業、金融、工業などイタリア経済をリードする街、ローマにつぐイタリア第2の都市で、文化と芸術の中心地です。

空港からバスで着いたホテルは、ミラノの中心ドゥオモ(大聖堂)のすぐ近く。直行便のおかげで、夕食をすませても寝る時間にはまだ早く、ミラノ中央駅まで行ってみることにしました。

地図をもとに地下鉄2号線のドゥオモ駅に向かおうとホテルを出たところにメトロポリターナ(地下鉄)の赤いマークがあり、3号線の駅を見つけました。当時開通したばかりで、日本から持ってきたガイドブックはまだ掲載されていません。駅にある路線図を見ると、都合のよいことに、3号線が中央駅を通っています。

当時開通したばかりの地下鉄3号線 黄色がシンボルカラー ロングシートの地下鉄3号線の車内

黄色がシンボルカラーの新しい3号線の電車は、車内まで黄色。当時、ヨーロッパが初めての私の目には、外に開くプラグドアがとても珍しく見えました。イタリア国鉄は左側通行ですが、ミラノの以下鉄はクルマや市電と同じ右側通行です。

夜のミラノ中央駅正面 夜のミラノ中央駅のホーム

市のやや北寄りに位置するミラノ中央駅は、ムッソリーニが国の威信をかけて建設したといわれる大理石の荘厳な駅舎。2階にあがると、他の多くのヨーロッパの終着駅と同様にドーム屋根に覆われた何本ものホームがあり、次から次へと列車が出入りしています。

赤い地下鉄1号線 緑の地下鉄2号線

帰りは市電に乗ってみたかったのですが、系統もわからず、夜なので地下鉄を利用しました。コースを変えて、中央駅からの地下鉄2号線1号線を乗り継いでドゥオモまで戻りました。

 


ミラノ市電

地上に出るとドゥオモのそばを、旧型のボギー車や新しい3車体連接車など、オレンジ色市電が行き交います。ミラノ市内には市電が網の目のように走っています。

スカラ座前の旧型市電 ドゥオモのそばで3車体連接車

ホテルの前は、市電の行き交う交差点になっていて、窓から下を眺めていると、新しいのやら古いのやら、3方向から次々と電車がやってきて見飽きることはありません。

     
市電の交差点       ミラノ中央駅前の2車体連接車