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文化科学宮殿

ワルシャワのランドマークは、ワルシャワ中央駅の隣に建つ文化科学宮殿です。それぞれトラムが走る東西のメインストリートイェロゾリムスキェ通りと、南北のマルシャウコフスカ通りの交差点、デフラト広場にそびえる37階建てのビルです。南北には、ワルシャワ唯一の地下鉄も通っていて、広場にMのマークの入口があります。

文化科学宮殿は、旧ソ連のスターリンがポーランドに贈り、1956年の完成から1989年の民主化まで、ソビエトがにらみをきかせてきたビルとの見方もあり、半世紀を経た現在もワルシャワ市民には評判の悪い建物だそうです。

     
文化科学宮殿 Mは地下鉄の入口       ワルシャワDcheta駅前の果物を売る露店

展望台からワルシャワ市内が一望に見渡せるとのことで、登ってみようと思ったのですが中で迷ってしまい、時間切れであきらめました。

 

ワルシャワ鉄道博物館

ワルシャワ中央駅に隣接するワルシャワ・シェルドミエンチェ駅から国電で西に一駅のワルシャワDochera駅の近くに、かつてのワルシャワのターミナル駅、旧ワルシャワ本駅の施設を利用したワルシャワ鉄道博物館があります。ワルシャワ中央駅前からトラムに乗ってもすぐです。

鉄道博物館に並ぶ蒸気機関車 第二次大戦で使われた装甲車と見学の家族連れ

旧駅舎を活用した展示室の他、かつてのホームに数多くの蒸気機関車や電気機関車、ディーゼル機関車から貨車までが保存展示され、なかなか見応えがあります。なかでも、第二次世界大戦で使われた、蒸気機関車を動力として大砲を備えた装甲車は珍しい存在です。

詳しくは、ポーランドワルシャワ鉄道博物館 をご覧ください。

 


聖十字架教会

ワルシャワ中央駅前からイェロゾリムスキェ通りを走るトラムに乗って東へ、マルシャウコフスカ通りの交差点をすぎて、次の停留所が新世界通りとの交差点です。ワルシャワ旧市街へと通じる新世界通りを北へ歩くと、通りの名前がクラクフ郊外通りに変わるところに聖十字架教会があります。

聖十字架教会 教会の壁にショパンの心臓が埋められている

教会の祭壇に向かって左の柱の下部に、ショパンの心臓が埋められています。ワルシャワ旧市街の建物と同様に、この教会もナチスドイツ軍により破壊され、ショパンの心臓も持ち出されたが、戦後の再建とともにもとの場所に戻されたとか。

聖十字架教会の祭壇 王宮広場に建つジグムント3世の碑

聖十字架教会からクラクフ郊外通りをさらに北に進むと、ワルシャワ大学大統領官邸を経て、旧王宮広場に至ります。

 

旧王宮

旧王宮広場の中心に建つ石柱の上には、16世紀末にクラクフからワルシャワに遷都したジグムント3世の像があります。

ワルシャワの旧王宮 第二次世界大戦で破壊された旧市街

広場に面した煉瓦色の建物が旧王宮です。入口には第二次世界大戦直後の王宮周辺の写真がありますが、旧市街は見渡す限りの瓦礫の山。ジグムント3世の時代の姿に王宮の復元が完成したのは、戦後43年経過した1988年のことだそうです。

旧王宮博物館の内部

王宮は現在は博物館となっており、優美な装飾が施された数々の部屋を巡ることができます。またここは珍しく写真撮影が可能です。

 

ワルシャワ旧市街

旧王宮広場から北へ、狭い道に面して聖ヤン大聖堂が建っています。14世紀に建てられたワルシャワでもっとも古い教会で、歴代王の戴冠式もここで行われた由緒ある教会です。

     
聖ヤン大聖堂       旧市街市場広場の剣を持つ人魚像

聖ヤン大聖堂の北にあるのが旧市街市場広場です。広場にはオープンカフェが並び、中央にはワルシャワの紋章である剣を持つ人魚像が建ち、その周囲の噴水に子供達が戯れています。

旧市街市場広場広場周辺の建物も、第二次世界大戦で徹底的に破壊されましたが、戦前の記録をもとに17世紀から18世紀の姿に忠実に復元され、ワルシャワ歴史地区として世界遺産に登録されています。

バルバカンの内側 旧市街地市場広場側 バルバカンの外側

旧市街市場広場の周辺には、かつて市街地を取り囲んでいた城壁が残っています。広場の北側の城壁には、バルバカンという半円形の砦があります。

バルバカンを通り抜けて北へ行くと、キュリー夫人の生家があります。

キュリー夫人博物館 キュリー夫人が実験に使用した器具

生家はキュリー夫人博物館となって、夫人の研究に関する資料が展示されています。ラジウムなどの放射性元素の発見で夫とともにノーベル物理学賞を受賞しています。さらに、ラジウムの分離に対してノーベル化学賞が授与されていますが、研究中の放射線被爆でしょうか、50歳代の夫人の写真が衝撃的です。

うっかり実験器具の写真を撮って注意を受けました。博物館内は撮影禁止です。

ワルシャワ蜂起記念碑 クラシンスキ宮殿

キュリー夫人の生家から西へ、ショパンが一時期住んでいたこともあるらしいクラシンスキ宮殿のすぐ前に、ワルシャワ蜂起記念碑があります。

第二次世界大戦末期の1944年の夏、ナチスドイツに占領されていたワルシャワにソ連軍が迫るのを察知したワルシャワ市民がドイツ軍に対して一斉に蜂起したものの、ソ連軍の援護が得られず、ワルシャワ旧市街地は破壊し尽くされ、20万人の死者を出して2ヶ月でナチスドイツに降伏したのがワルシャワ蜂起だそうです。

 


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