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アムステルダムの中心ダム広場

今日は朝からアムステルダムの市内めぐり。まずはライ駅前から4系統のトラムでアムステルダムの中心、ダム広場に向かいます。ダム広場は、13世紀にアムステル川をせき止めたダムがこの場所に造られ、それがアムステルダムの語源となったとか。

広場の西に建つのは王宮17世紀に市庁舎として建てられ、19世紀のはじめにナポレオンの弟ルイ・ボナパルトがオランダ王になったときにここを王家の宮殿としたそうです。現在は、迎賓館になっているとか。

ダム広場を横切るトラム 右の建物にはマダムタッソー蝋人形館 王宮とその右に建つ新教会

王宮のに向かって右隣が14世紀にプロテスタントの教会として建てれた新教会。19世紀以後、歴代女王の戴冠式が執り行われてきた教会です。

王宮の左手、広場で分岐するトラムの線路の向かいにあるデパートには、マダムタッソー蝋人形館の看板が出ています。本家はイギリスのロンドンですが、こちらのデパートにはアムステルダム支店が入居しています。

     
戦没者慰霊塔       ダム広場を行き交うトラム

ダム広場の東側には高さ22mの石柱、第2次世界大戦のオランダ人犠牲者の霊を慰める戦没者慰霊塔が立っています。多くの花輪があるのは、ここを訪れる前日、5月4日が戦没者慰霊の日だったからでしょうか。

青と白に塗り分けた低床トラム、コンビーノが奥に見えるアムステルダム中央駅に向けて南から北へ、広場を駆け抜けていきます。

5系統のトラムは両運転台の車両 3車体連接中間車の低床部分

ダム広場で西に分岐するトラムの路線に沿っていくと、王宮の裏で南北に走るトラムの路線と交差します。ここにやってくるトラムの中で、5系統のだけは終点がループ線になっていないためか、前後に運転台、左右の両側にドアがあり、3車体連接の中間車のドアの部分だけ低床になっています。

 

国立博物館・国立ゴッホ美術館

ライ駅乗車時に買ったチケットは、まだ1時間の有効範囲内です。5系統に乗って国立博物館に向かいます。レンブラントの“夜警”やフェルメールの“牛乳を注ぐ女”など、美術の教科書で見た絵画が出迎えてくれます。レンガ造りの博物館の建物は、アムステルダム中央駅を手がけた建築家の作品だそうで、そういえばよく似ています。

国立博物館 国立ゴッホ美術館

隣の国立ゴッホ美術館は、ガラス張りの近代的な建物。オランダ時代、パリ時代、アルル時代……、時代毎に異なる世界最大のゴッホコレクションに加え、友人のゴーギャンなどの作品も。“馬鈴薯を食べる人々”や“ひまわり”など、ここでも教科書で見た本物が。

 

アムステルダム中央駅からワーテルロー広場へ

美術館を出るともうお昼前。アムステルダム中央駅行きのトラムに乗って、24時間券を買い求めます。日本の1日券と異なり、明日の同じ時間まで有効な切符です。

アムステルダム中央駅は工事中 聖ニコラス教会

東京駅のモデルになったといわれる赤煉瓦のアムステルダム中央駅舎は、あいにく工事中。駅の右手には、19世紀末に建てられたローマン・カトリックの聖ニコラス教会がそびえています。

涙の塔 メトロの車内

その奥に建つのが涙の塔。15世紀後半に建てられたときには、ここはアムステルダム港の突端で、航海に出る男を見送る女が涙を流したところだったとか。

メトロに乗り換え2駅目のワーテルロー広場に移動します。地上に出ると、蚤の市でにぎわっています。近くには、画家レンブラントが住んでいた家があります。築400年だとか。

ワーテルロー広場の蚤の市 レンブラントの家

近くのチャイニーズレストランで、プリプリエビワンタン麺の昼食。香港と同じ、硬くて細い麺です。ここでもクレジットカードが使えない。

 

運河クルーズ

今度はトラムで、再びアムステルダム中央駅に戻ります。駅前の運河には、運河巡りカナル・バスの発着所があります。早速チケットを買って乗り込みます。船の最後尾が見晴らしの良い特等席。

駅前にある運河巡りのカナル・バス発着所 北海運河を行き交うフェリー

船は、オランダ鉄道の鉄橋の下をくぐり抜けて中央駅の裏手、北海運河に出ます。中央駅と北海運河の対岸をむすぶフェリーが行き交います。

再びオランダ鉄道の下をくぐると、大きな船の形をした科学技術センター、その先のオランダ海洋博物館には、東インド会社が保有していた帆船、アムステルダム号のレプリカが停泊しています。

科学技術センターの前を行くカナル・バス マヘレの跳ね橋

狭い運河をいくつもの橋をくぐり抜けて広いところに出ると、向こうに跳ね橋が見えます。17世紀につくられた木製の跳ね橋です。跳ね橋をくぐり抜けるのかと思ったら、カナル・バスは手前でUターン。

こんな狭いところを抜ける ボートハウス

水路が狭いトンネルになった橋の下では、カナル・バスがすれ違えないところも。譲り合って通ります。キャプテンの操船の腕前に感心するも、橋桁に接触しないように手前に設けた杭には、何度も船体をこすったあとが。

運河には、多くのボートハウスが浮かんでいます。この中を自宅として生活が営まれており、有料で見学できるものから、ホテルになっているものまで、いろいろあるようです。

西教会と運河を渡るトラム  アンネフランクの家

トラムが運河を渡る橋の向こうに、西教会が見えてきました。17世紀に建てられたプロテスタント教会で、高さ85mはアムステルダム一高い塔。レンブラントの墓があることや、ベアトリクス女王が結婚式を挙げたことでも有名です。

その隣は、いつも入館者の長い行列ができているアンネの家。第二次世界大戦中に、ユダヤ人のアンネフランク一家がアウシュビッツの強制収容所に送られるまでの2年間隠れ住み、“アンネの日記”を書いた家は、父の会社だったこの建物の裏へ、回転式の本棚を抜けることで通じています。