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上海を代表する名園豫園
外灘の中山東一路を南へ、歴史的建造物が途絶えるところから少し西にはいると、上海を代表する名園である豫園があります。16世紀、明の時代に四川省の役人が父のために造園した古典庭園で、“豫悦老親”(親戚たちと愉快に楽しく)との意味で豫園と名付けたとか。開発の進む上海の中でもここだけは古い中国を今に伝えています。
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外灘とともに上海を訪れる人は必ず立ち寄るといわれる上海を代表する観光地の豫園 |
築山と池と多くの中国風の建物から構成されていますが、19世紀のアヘン戦争で破壊され、中華人民共和国成立後の1950年代後半に修復されたものだそうです。
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豫園商場の入口 | 豫園名物の南翔饅頭店の小龍包 |
外灘とならぶ上海有数の観光地である豫園の西側は上海の浅草、土産物屋ビルの建ち並ぶ豫園商場になっています。その中には、マックもケンタもスタバも進出していますが、お目当ては小龍包で有名な南翔饅頭店。ここでお昼にしましたが店内は大混雑。
スープ入りの小さな肉まん、小龍包にもたくさんの種類があります。漢字で書いたメニュー食券売り場の壁に貼ってあいるのですが、中身が??。行列ができていてゆっくり考えるわけにもいかず、適当に注文しましたがどれもおいしくて安くて大満足。最近、六本木ヒルズに支店ができたとか。
最初の中国共産党大会が開催されたところ
豫園商場をあとに、地下鉄1号線の通る、洗練されたブティックや大きなショッピングセンターのならぶ上海の銀座、淮海中路で、夜のためにちょっと高級なレストランを予約してからお茶をして、旧フランス租界地の周辺をぶらついていたら、1921年に中国共産党の第一回全国代表大会が開催された、一大会址の前に出ました。
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一大会址の正面 | 一大会址の中 |
入場券を買って館内に入ると、毛沢東をはじめ、後に中国共産党の幹部になる人々がここに集まった様子が再現され、共産党成立後の歴史が詳しく紹介されており、上海で唯一ここだけが中国が社会主義の国であることを思い出させてくれます。
上海の夜
淮海中路のショッピングモールの上層階にある上海料理の高級レストラン(日本人からすればリーズナブルな値段ですが)で夕食後、再び地下鉄で夜の南京路から外灘に出ました。旧租界の歴史ある建造物はライトアップされ、昼間とはまたひと味違った景観を見せてくれます。
右下の写真の左から、香港上海銀行上海支店、時計台が美しい江海北関、交通銀行、露清銀行、台湾銀行上海支店と続き、今でも銀行などに使われています。
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南京路歩行街の入り口 | ライトアップされた外灘の旧租界の建造物 |
対岸に目を向ければ、こちらは夜の未来都市。雲が晴れ、全貌が見えてきました。黄浦江を遊覧船がゆっくりと通って行きます。再び地下鉄で黄浦江の下をくぐって浦東に出て、88階建ての金茂大厦に行きます。最上階は有料の展望台ですが、ここは、54階から上が5つ星ホテルのグランド・ハイアット・シャンハイで、87階と88階の一部が酒吧(バー)になっています。
エレベータを54階で乗り換えて87階へ行くと、宿泊客優先のため順番待ちです。カクテルを片手に上海の夜を楽しむには絶好の地ですが、外灘の夜景を見るには88階は高すぎて、54階のホテルのレセプションからの方が適当です。
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外灘から見る浦東の夜景 テレビ塔と金茂大厦が天にのびる |
金茂大厦54階のハイアットホテル レセプションからの眺め |
23時頃に地下鉄の駅におりていくと、すでに都心方面の中山公園行きの最終電車が出たあと。やむなく、タクシーで帰りましたが、1台目には乗車拒否され、2台目も乗車時に運転手が何か言ってきますが言葉がわからず、メモ用紙に漢字で書いてもらったものの??です。幸い、ぼったくられることもなくホテルへ戻ることができたからよかったものの、最終電車の時刻には注意しなければ。