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ジェロニモス修道院

発見のモニュメントの前の広場には、大理石でできた床にモザイクで作られたコンパスの中に世界地図が描かれ、日本の発見は1541年と記されています。日本の歴史の教科書には、鉄砲を伝えたポルトガル人が種子島に漂着したのが1543年とされているので、若干のずれがありますが。

日本の発見は1541年 ジェロニモス修道院の南門 サンタ・マリア教会の内部

ここから、国電の線路の下を地下道で抜けると、世界遺産のジェロニモス修道院があります。ヴァスコ・ダ・ガマのインド航路発見を記念して建てられた修道院で、16世紀の初めから建設が始まり、世界の植民地からもたらされる富をもとに、300年余りをかけて完成したとか。

海洋博物館とジェロニモス修道院 ヴァスコ・ダ・ガマの棺

ジェロニモス修道院の名のもとになった聖ジェロニモスの生涯を描いた南門の上には、エンリケ航海王子の像が、最上部には聖母マリア像があり、門を入った右手のサンタ・マリア教会には、ヴァスコ・ダ・ガマの石棺も置かれています。

都心とベレンを結ぶ15系統の市電はLRT 小さな2軸の単車もやってくる

ジェロニモス修道院には、リスボンの中心コメルシオ広場から15系統の路面電車で来ることもできます。30分ほどかかりますが、路面電車の停留所は国電の駅より修道院に近く、便利です。

 


ユーラシア大陸最西端ロカ岬

ユーラシア大陸最西端がロカ岬です。ベレンから国電を利用してロカ岬へ行く場合 、終点のカスカイスで路線バスに乗り継ぎます。ロカ岬は険しく切り立った断崖に灯台があり、ポルトガルの詩人カモンエスが詠んだ詞の一節「ここに地果て海始まる」を刻んだ石碑がポツンと建っています。

     
ユーラシア大陸最西端ロカ岬灯台       最西端到達証明書

岬のツーリストインフォメーションでは最西端到達証明書を発行してくれます(約400円)。名前と日付を古式ゆかしい文字で書き込み、ロウ印を押してくれます。裏には通し番号があり、私はちょうど57,000番目でした。

 


世界遺産の街シントラ

ロカ岬から、景観が世界遺産に登録されている山間の町シントラに向かいます。途中、田舎道の脇に道に沿った急カーブ、急勾配のナローゲージの線路が現れます。地元の人の話では、1998年に行われたリスボン万博の観光客を当て込んで、一旦廃止になったローカル私鉄を復活したそうです。

シントラトラムの小さな電車(パンフレットから) シントラの王宮前の三輪車

でも、始発が国電のシントラ駅から離れたところで、ロカ岬まで通じているわけでもなく、電車にはいつもお客さんはほとんど乗っていないそうです。

残念ながらバスの窓から電車を見かけることができませんでした(季節と曜日限定の運行のようです)ので、シントラ駅のツーリストインフォメーションでもらったパンフレットにあった、リスボンの市電によく似たシントラトラムの写真を掲載しておきます。その後、路線の延長 も行われたとか。

厨房の煙突がシンボルの王宮 シントラ市庁舎

シントラは、古くから王侯貴族の夏の避暑地として栄えた街です。14世紀にエンリケ航海王子の父が建て、その後改築が繰り返されて現在の姿となった王宮は、台所の上に建つ2本の煙突がシンボルとなっています。内部には、ポルトガルの青いタイル、アズレージョの見事な間や、素晴らしい天井 画がありますが、残念ながら撮影禁止です。

シントラ駅の後方の山頂にはムーア人の城跡 シントラを発車するリスボンロシオ行き

シントラには、リスボンのロシオ駅から国電が通じています。3扉の通勤型、シーメンス製のVVVFの新しい電車で、車内はボックスシートになっていました。沿線は高層住宅が建ち並ぶリスボンのベッドタウンです。

車内はボックスシート 沿線はリスボンのベッドタウン