韓国国鉄京義線 南北軍事境界線非武装地帯


南に向かってKTXやセマウル号が次々と発車していく韓国国鉄ソウル駅 。その一番端のホームから、1時間に1本程度、ローカル線各駅停車のディーゼルカーが北に向かいます。

韓国国鉄京義線。北朝鮮と中国が鴨緑江を挟んで接する街、新義州とソウルを結ぶことからその名が付けられています。日本の植民地時代には、東京から東海道・山陽本線、関釜連絡船、釜山-京城(ソウル)間の京釜線、京義線、南満州鉄道、シベリア鉄道を経て、欧亜連絡のメインルートでした。

▲ 兵士が警戒する中ディーゼルカー が臨津江(イムジンガン)駅に到着する

朝鮮戦争で南北に分断された京義線は、38度線をはさんで韓国側は汶山で、北朝鮮側は開城でとぎれていました。

南北融和の象徴として2000年に京義線を再び連結する合意ができ、韓国側は2001年に臨津江まで、2002年には民間人出入り統制線となっている臨津江(イムジン河)を渡り、南北軍事境界線の両側に幅2kmずつ設けられている非武装地帯の中に位置する都羅山まで延長されました。2003年には南北のレールがつながったものの列車の運行については膠着状態が続き、やっと試運転が行われたのは2007年のことです。

▲ 臨津閣には日本の植民地時代のミカサ型蒸気機関車が北に向かう姿で保存されている

韓国側の京義線には、臨津江駅までは誰でも乗車できます。その先の民間人出入り統制区域や非武装地帯は韓国軍が管理する区域のため、都羅山駅に行くには臨津江駅で一旦下車して軍の許可を受ける必要があります。

臨津江駅から北に少し行ったところに臨津江(イムジン河)が流れています。1968年にフォーク・クルセイダーズが、臨津江で南北の分断を歌ったレコードが、北朝鮮に作詞者、作曲者がいることが判明して発売中止になったイムジン河にここで出会いました。フォークルの映像はYou Tubeでどうぞ。

▲ 京義線の臨津江を渡る鉄橋 対岸は民間人出入り統制区域でその向こうに北朝鮮の山が見える

民間人が立ち入れるのは、基本的にはここまで。線路に沿って、朝鮮半島の統一を祈願するために設けられた臨津閣があります。数年前までは、ここで北にカメラを向けることは許されなかったとか。日本の植民地時代に京義線を走ったミカサ型蒸気機関車が北に向かって保存されています。

再び京義線に乗り、臨津江の鉄橋を渡ると数分で韓国側の列車の終点都羅山です。将来を見越してのことでしょう、1日に数本の列車には不似合いの、ホーム3面5線の立派な駅です。

▲ 軍事境界線韓国側非武装地帯にある都羅山(ドラサン)駅 次の開城(ケソン)は北朝鮮

都羅山の次は北朝鮮の開城、ソウルから都羅山まで56km、ここから平壌(ピョンヤン)は205kmです。

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