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ブラチスラバ旧市街

ブラチスラバの見所は、桟橋の近くの1km四方にかたまっていて、歩いてまわれます。ドナウ川沿いの小さな旧市街の入り口に立つミハエル門。かつては旧市街を取り巻く城壁があり、いくつもの門があったそうですが、今ではこのミハエル門を残すだけです。

旧市街の入口に立つミハエル門 スペイン大使館前でシスターに出会った

旧市街地は細い石畳の入り組んだ道の両側に小さな店が続きます。中央に噴水のあるフラヴネー広場に面して旧市庁舎が建ち、周りにはオープンカフェが店を開き、 並びには最近になって日本大使館も開設されました。オペラとバレーを上演するスロバキア国立劇場。すぐ脇の狭い道を市電がすり抜けていきます。

国立劇場を背に走る市電 1両目は広告塗装 聖マルティン教会

旧市街地の西の端、ブラチスラバ城との間にドナウ川にかかる近代的な橋のたもとに、聖マルティン教会が立っています。14世紀初頭に初期ロマネスク様式で建てられた、高さ85mの塔を持つ美しい教会です。

ハンガリーの首都ブダがオスマントルコに占領された16世紀の半ばから、ブラチスラバがハンガリー帝国の首都となり、以来19世紀の初めまで、かのマリー・アントワネットの母マリア・テレジアを含む18人のハンガリー王・女王の戴冠式がここ聖マルティン教会で行われたそうです。

 


ブラチスラバ城

旧市街の西側の小高い丘の上にはブラチスラバ城がそびえています。写真では全体が写っていませんが、四角い建物の四隅に塔がある形状から、市民には“ひっくり返したテーブル”とよばれているそうです。

すでに12世紀にはここに城が存在し、オスマントルコの侵入に備えて防備が強化され17世紀の改築で4つの塔が追加されて現在の姿になったとか。

正面から見たブラチスラバ城 ブラチスラバ城から見たドナウの対岸は共産時代のアパート群

19世紀に火災にあってからは放置され、復旧したのは第二次大戦後のチェコスロバキア時代です。現在では、歴史博物館等として、市民に開放されています。

ブラチスラバ城から川沿いの道を見下ろすと、2両編成のタトラカーが行き交います。ドナウ川には高い位置に円形のレストランがある近代的な橋が架かり、対岸には共産時代に建てられた無味乾燥な、日本の高度成長期の公団住宅を思わせるアパート群が林立しています。

ブラチスラバ城の下の通りをドナウ川に沿って市電が走る こぢんまりとしたスロバキアの国会議事堂

でも、ブラチスラバには独裁政権の国によく見られる、権力を象徴するような巨大な建造物や権力者の銅像は見あたりません。

城の入り口に小さなホールのような新しい建物がありました。正面にスロバキアの国章が付いています。何とこの小さな建物が国会議事堂だそうです。チェコからの分離独立で首都になる時に急ごしらえで建てたのでしょう。

バスに乗ってドナウ川に架かる橋を渡り、西に十数分も走ればもうオーストリア国境です。

 


旅のヒント

日本人がスロバキアに入国する際に、2002年3月21日まではビザが必要でした。それまでは、ウイーン−ブダペスト間の列車で途中下車をせずにスロバキアを通過するだけでも、ビザがないと国境で止められてしまい、トラブルが頻発したため、ガイドブックやネット上のサイトでも、ビザに注意するように書かれたものが多く見られます。

ブラチスラバに日本大使館が開設されたことにより、今では90日以内の商用や観光の場合はビザが不要になりました。これまで避けていた日本人観光客も、スロバキア を訪れる人が増えるのではないでしょうか。列車やバスで1時間程度のオーストリアのウイーンからは、ブラチスラバの日帰り観光も可能です。物価が日本並みに高いウイーンから来れば、ここは天国です。

川も主要な交通路です。私の乗ったドナウ川の水中翼船の場合、ウイーンから1時間半、ハンガリーのブダペストから4時間半(列車の場合ユーロシティーで2時間半程度)の距離です。夏休み期間は1日上下2便、それ以外は1便が運航され、冬季は運休です。ドナウ川のような国際河川の場合、桟橋で入出国手続を行うため、スロバキア領内を航行する船でも上陸さえしなければ以前からビザは不要でした。

スロバキアの通貨はコルナですが、経済力を反映してかチェココルナよりスロバキアコルナはレートが低くなっています。もと共産国ですから、物価の安さは折り紙付きで、ブラチスラバの市電、バス、トロリーバス共通券の運賃は有効時間によって異なりますが1回30円弱からあり、24時間乗り放題でも200円でおつりが来ます。

 


お役に立つリンク集

これからお出かけになる方や鉄道ファンの方に役立ちそうなリンクをそろえました

 


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